不安と期待が入り混じる。このレンズのスペックを知ったとき、私はそのような状況に陥った。開放F1.2の明るさ、写りに徹底的に拘った光学系、そしてマニュアルフォーカスオンリーという縛り。自分にとって恐れ多いレンズのように思えたのである。さらに手にとって驚かされたのが、つくりのスゴさ。総金属製の鏡筒は緻密なつくりで、手抜きされたようなところがまったく見当たらないのである。
フォーカスリングの動きは適度な重さのトルク感であることに加え、極めて滑らかに回転する。しかも無限遠から最短撮影距離までどの位置でも動きにムラのようなものがまったくがないなど高い工作精度も感じさせる。それはフォーカスリングを操作する度にイイ写真が撮れる期待を抱かせ、気持ちが昂るのである。
絞りリングの操作感についてもフォーカスリングとほぼ同じ。クリックがなく、絞り値の表示も等間隔に並ぶものではないが、こちらも適度な重さのトルク感を持ちながらも滑らかに動き、さらに設定しようとする絞り値に正確にすっと止まる。ちなみにフォーカスリングと絞りリングそれぞれのローレット部分の幅はほぼ同じ、ローレットも同じ形状としている。シネマレンズのエッセンスを取り入れたところと言えるだろう。いずれにしてもつくりのよさを指先からも実感できるのだ。
付属するレンズフードも同様である。肉厚の金属製でつくりの精度は非常に高い。これだけでも手間がかかっているように思えるほど。なおレンズフードはレンズ先端、外周に刻まれたネジに装着する そのためフィルターを装着してもフードがその分前方に伸びることがなく、画像のケラレの心配は不要。こちらもつくりに拘りを感じさせるところである。
撮影に入る前、このレンズの性能を少しでも引き出せやすいようにカメラの設定をいくつか変えてみた。そのひとつが画像拡大である。マニュアルフォーカスのレンズゆえ、より正確にピントを合わせるにはスルー画の拡大機能を使うのが一番の得策。ピーキング機能など用いる方法もないわけではないが、精度を追い求めると拡大機能を使ってピントを合わせるのが王道であるし、レンズの性能を最も引き出すことのできる作法と言える。特に開放絞りF1.2で撮影するようなときはこの方法以外ないと述べてよい。
そしてもうひとつが標準露出のほかに同時に+側の露出と−側の露出でも撮影するAEブラケットの設定だ。RAWフォーマットで撮影すれば現像時に多少の露出の調整は可能だが、一般に「撮って出し」と言われるカメラの生成したJPEG画像をそのまま無調整で見た方がカメラ側の特性とのマッチングもより正確に知ることができるからだ。もちろん「撮って出し」は画像にとっても最高の条件のひとつであることも大きい。
この二つの機能を有効にして向かった先は、現在テレビで放映されている時代劇でもお馴染み、鎌倉。歴史ある神社仏閣が多く点在するとともに、クラシカルな住居やお洒落な飲食店が立ち並ぶ。さらに海あり山ありで撮り甲斐のある町だ。行程はJR横須賀線北鎌倉で下車し、途中いろいろなところに立ち寄りながら、鶴岡八幡宮へ。そこから今度はまっすぐ海を目指している。ちょうど新緑の季節で、作例ではその雰囲気も合わせてお伝えできればと思う。
撮影した画像をみると絞り開放でも解像感、コントラストとも高く、写りに緩さを感じることながない。合焦部分の"ピントの芯"もしっかりと見極めることができる。画面周辺部に発生することの多いコマ収差や色収差もよく抑えられており、わずかに周辺減光が見受けられる程度。それでも大口径レンズの絞り開放であることを考えれば、文句のないところだろう。ボケに関しても単焦点レンズらしいすっきりしたクセのないものである。もちろん少し絞ると画質はさらに向上。特に先鋭度は増し、より立体感ある写りが得られる。逆光でのゴースト・フレアも最小限に抑えられているほか、ディストーションの発生も見受けられない。撮影前スペックなどからちょっとクセのある写りを想像していたが、その思いとは裏腹にデジタルの特性に即した現代的な高品質の写りが得られるレンズである。
今回の鎌倉行は本レンズ1本のみを携えた。マニュアルフォーカスでじっくりと被写体と対峙してくうちに、この1本だけでも十分勝負できるレンズに思えるようになり、それは写真を撮ることに対する私自身の新しい発見にも繋がった。本レンズはトキナーの新シリーズの初号モデルであると言う。その圧倒的な写りから今後の展開もたいへん楽しみである。しかしながら、まずはこの「SZ 33mm F1.2 X」で徹底的に撮ってみていただきたい。きっと新しい自分の写真の世界が切り拓けるはずだ。
作例1

FUJIFILM X-E4 絞り値:F2.8 露出時間:1/850秒 感度:ISO160 WB:オート
北鎌倉駅からちょっと歩いた山のなかで見かけた風景。白っぽい枝に付いた小さな若い葉が瑞々しい。慎重にピントを合わせてシャッターを切った。
作例2

FUJIFILM X-E4 絞り値:F2.0 露出時間:1/110秒 感度:ISO160 WB:オート
小さなお寺へと向かう参道にレンズを向けた。ピントの合った杉の木や石の質感をリアルに再現している。周辺減光も気にならないレベルだ。
作例3

FUJIFILM X-E4 絞り値:F1.4 露出時間:1/400秒 感度:ISO160 WB:オート
絞りは開放F1.4。合焦部分のシャープネスは高く、コントラストも上々だ。前ボケも含めボケ味は柔らかくナチュラル。不足を感じさせない写りである。
作例4

FUJIFILM X-E4 絞り値:F1.2 露出時間:1/100秒 感度:ISO160 WB:オート
絞り開放での撮影。流れ落ちる水が水面に当たる部分にピントを合わせてみた。レンズの明るさゆえ感度を上げなくても十分速いシャッターを切ることができた。
作例5

FUJIFILM X-E4 絞り値:F5.6 露出時間:1/800秒 感度:ISO160 WB:オート
太鼓橋越しに望む鶴岡八幡宮の本殿。鎌倉幕府はこの手前、右側に設けられたと言われている。遥か昔から続く風景を最新のレンズとデジタルカメラで写真に収める。
作例6

FUJIFILM X-E4 絞り値:F2.0 露出時間:1/4000秒 感度:ISO160 WB:オート
軒先テントに描かれた文字は手書き。筆の跡が残り、書いたひとの筆の動きのみならず眼差しや息遣いまで伝わってきそうだ。絞りを可能な限り開き、筆跡を際立たせた。
作例7

FUJIFILM X-E4 絞り値:F1.2 露出時間:1/100秒 感度:ISO320 WB:オート
聴き慣れないウイスキーの銘柄の描かれたコップ。調べるとかつて国内でつくられていたウイスキーのようである。そんな時代もののコップが何気なく置いてあるのも鎌倉らしい。
作例8

FUJIFILM X-E4 絞り値:F2.0 露出時間:1/1500秒 感度:ISO160 WB:オート
色が褪せささくれた木の壁が経てきた年月を感じさせる。露出を可能な限り追い込むことで、本レンズはそのような雰囲気を見事に捉えた。
作例9

FUJIFILM X-E4 絞り値:F2.8 露出時間:1/1000秒 感度:ISO160 WB:オート
時代的に新しいのか古いのか外部の人間にはまったくわからないが、このような看板も鎌倉であることを感じさせる。キレがよく色にじみのない写りで、鮮明な画像が得られた。
作例10

FUJIFILM X-E4 絞り値:F2.8 露出時間:1/2900秒 感度:ISO160 WB:オート
北鎌倉駅からあちこち歩きまわること5時間。ようやく海に辿り着いた。先人たちはこの海をどのような気持ちで眺めたのだろうか。そう思いながら「SZ 33mm F1.2 X」を装着したカメラを海へ向けた。

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