レフレックスレンズで天体写真
中西 アキオ Akio Nakanishi
天体写真家・微弱光撮影装置のエンジニア
日本を代表する天体写真家であり、微弱光撮影装置のエンジニア
有限会社ナカニシイメージラボ代表取締役
1964年、東京オリンピックの年に、光学と印刷の町である東京都板橋区に生まれ育つ。小学校5年生の頃から宇宙に興味を抱き、中学校1年生から天体写真を始め、モノクロ写真の現像やプリントまでこなすようになる。工学部の学生時代には、3年間コマーシャルフォトグラファーのアシスタントやブライダルフォトグラファーを勤めながら天体写真以外の写真も学ぶ。
大学卒業後は約10年間のメーカー勤務の後、1999年10月に有限会社ナカニシイメージラボを設立。天体写真の撮影以外にも、大学・研究所向けの微弱光撮影装置を手掛けている。
天体撮影はデジタルカメラによる星空写真や都市星景写真はもちろんだが、星雲星団の撮影を得意とする。また、これまで小惑星を4つ発見している新天体捜索家でもある。
主な著書は、「星空撮影の教科書」(技術評論社)、「メシエ天体&NGC天体ビジュアルガイド」(共に誠文堂新光社)、「都市星景撮影術」「星景写真撮影術」(共にアストロアーツ)。「月のかがく」「太陽のかがく」「星空のかがく」(共著・共に旬報社)。「読むプラネタリウム・春夏秋冬の星空4冊組」(共著・アリス館)ほか多数。
光を集めることができる「レンズ」、それはもう少し正確に言えば凸レンズということになります。そして光を集めることができるのは凸レンズだけではなく、凹面鏡でも可能です。世の中の写真用レンズはほとんどが凸レンズの応用で、実際の写真用レンズでは収差補正のために多数のレンズを組み合わせて凸レンズの役割を果たしているわけです。
ところでフイルム時代にはカメラメーカーやレンズメーカー各社から反射式のレフレックスレンズが発売されていたことを知る方も多いことでしょう。そこで改めて凹面鏡を利用したレフレックスレンズについて見直してみたいと思います。そもそもレフレックスレンズは特に超望遠レンズに適しており、いくつかの大きな特徴があります。
- 非常にコンパクト
- レフレックスレンズは鏡筒内を光が3回通過することになるため、全長がとても短くなり、軽量化も可能で手持ち撮影もしやすくなります。
- 低価格
- 凸レンズと凹面鏡のコストを考えた場合、大型になるほど凹面鏡のほうが低コストで製造できるため、低価格での商品化が可能になります。
- 色収差が非常に少ない
- 望遠レンズにとって大敵である色収差を非常に少なくすることが可能です。純粋にミラーだけで構成された天体望遠鏡なら色収差は0ですが、写真用レンズの場合には収差をバランスよく補正するためレンズも組み合わされるため僅かですが色収差は発生します。
反面、欠点とされている点を見ていきましょう。
- 絞りが無い
- その構造上絞り機構を入れるのが難しく、ほとんどのレフレックスレンズは絞りが固定となり、NDフィルターで光量調整をおこなうことになります。
- ドーナツ状のぼけ
- 副鏡が光束をさえぎるために、ぼけがドーナツ状になります。このドーナツ状のボケはどうしても好き嫌いが分かれ、嫌われることも多いです。
- F値よりも暗い
- これも副鏡の存在のためですが、数値上のF値よりも実質的な明るさは暗くなり、露出が多くかかります。
今日のようにフローライトガラスやEDガラスが一般的ではなかった頃は、超望遠レンズに色収差が付きものでした。そのため色収差が非常に少なくコンパクトであるという点はとても魅力的だったために、各社がレフレックスレンズをラインナップしていたのです。しかし今日ではその点での魅力が薄れるとともに、AF化に対応できづらい欠点が目立ってしまうことから、少数派になってしまったのでしょう。
SZ 600mm PRO Reflex F8 MF CFを持って渡米
そんな状況で復活を遂げたTokinaのレフレックスレンズ群は、コンパクトさや低価格に改めて注目し、カメラメーカーがやらない隙間をついてきたものと思います。実際に使用してみますと、確かに非常にコンパクトでこれなら躊躇せずどこにでも持っていくことができると感じます。
私は昨年10月14日(日本時間では10月15日)に北米で起きた金環日食の撮影に、SZ 600mm PRO Reflex F8 MF CFを持って遠征しました。この時本命の撮影は天体望遠鏡と太陽撮影専用Hαフィルターの組み合わせだったのですが、これだけコンパクトさなら一緒に持って行くのにも全く苦になりません。
さらに、天体の撮影ならアウトフォーカスになることもなく、リングぼけを気にする必要はありませんし、そもそも絞る必要もありません。
またマニュアルフォーカスのみであっても、そもそも天体望遠鏡での撮影でもマニュアルフォーカスですから不自由は感じません。さらには天文愛好家はみな反射式の天体望遠鏡に馴染んでいるために、もともとレフレックスレンズに対する偏見は全くないのです。
さらに月や星雲・星団を
そして金環日食での撮影結果に気を良くし、帰国後は月や星雲星団の撮影にも挑んでみました。とにかくコンパクトなため、カメラとレンズ搭載するための赤道儀も小型のもので済むのがありがたいです。それでも焦点距離は600mm(富士フイルムX-T4との組合せでは換算900mm)ありますので、赤道儀が小型だと風が強い時にとどうしてもブレますし、長秒の撮影では赤道儀の極軸合わせの精度や赤道儀自体の追尾精度も重要になってきます。本来なら大型で高精度な(=非常に高価な)赤道儀を用いるのが良いのですが、小型のポータブル赤道儀でも上手に使えば実用になってくれます。
具体的にはカメラのISO感度をかなり上げて、星が流れない程度の露出を多数繰り返し、後からソフトウエアでそれらを加算して高画質化するのです。もともと多数のカットから高画質化をおこなうことは天体写真の世界ではフイルム時代から行われていた手法です。あとは、やはり換算で900mmという超望遠撮影ですから、構図合わせもシビアになりますし、ピント合わせでもピントリングに手を触れただけで被写体がブレてしまい合わせにくいのですが、こんなことも天文屋さんは普段から天体望遠鏡でおこなっていますので、使っていればコツを掴めるものです。
このようにレフレックスレンズは、こと天体撮影には欠点が目立たずに大変相性が良いのですが、普段オートフォーカスレンズしか使っていない方には手軽さとシビアさが同居した、ちょっと不思議な使用感覚を味わうことでしょう。私も天体撮影だけでなく、今度は野鳥や飛行機など他ジャンルの撮影に挑んでみようかと考えているところです。レフレックスレンズの使用感は近年のオートフォーカスレンズに慣れ切った身にはとても新鮮に感じると思いますので、皆さんも是非一度手に取って、超望遠撮影を楽しんでいただきたいと思います。
もっと明るいレフレックスレンズが欲しい
最後になりますが、レフレックスレンズには、かつてはF4とかF5といった明るい製品も存在しました。F8でコンパクトな仕様のレフレックスレンズももちろん良いですが、天文愛好家としてはこうした明るいレンズにより魅力を感じます。Tokinaさんにはぜひとも明るく低価格なレフレックスレンズの商品化を考えて欲しいと思うところです。 ちなみに現在のF8のモデルでは、淡い星雲や星団はファインダーやモニターでは確認できず、明るい星をたどりながら導入したり、赤道儀に自動導入装置が付いていればその機能を使って天体を導入することになります。特に初心者の方には自動導入装置の付いた、ちょっと大きめの赤道儀の使用をお勧めします。
レフレックスレンズの光路図
最後になりますが、レフレックスレンズには、かつてはF4とかF5といった明るい製品も存在しました。F8でコンパクトな仕様のレフレックスレンズももちろん良いですが、天文愛好家としてはこうした明るいレンズにより魅力を感じます。Tokinaさんにはぜひとも明るく低価格なレフレックスレンズの商品化を考えて欲しいと思うところです。 ちなみに現在のF8のモデルでは、淡い星雲や星団はファインダーやモニターでは確認できず、明るい星をたどりながら導入したり、赤道儀に自動導入装置が付いていればその機能を使って天体を導入することになります。特に初心者の方には自動導入装置の付いた、ちょっと大きめの赤道儀の使用をお勧めします。
金環日食の撮影に持って行った機材
昨年10月14日に北米で起きた金環日食を、アメリカ・ニューメキシコ州で撮影した際の機材一式です。横に並んでいるHαフィルターの付いた天体望遠鏡は、口径60mm焦点距離900mmとフルサイズのカメラの組み合わせですので、換算では同じ900mmとなるこのレフレックスレンズがいかに小さいかが良くわかることでしょう。
Tokina SZ 600mm PRO Reflex F8 MF CFによる金環日食
金環日食のかけ始めから終わりまで、ほぼ5分間隔で撮影したのですが、そのうち金環となる前後のカットを掲載します。なるほど色収差を感じないシャープな写りですが、ピント合わせはそれなりにシビアであることを実感しました。なお、掲載の作品は換算で1800mmにトリミングしています。
Tokina SZ 600mm PRO Reflex F8 MF CFをポータブル赤道儀に載せた例
換算で900mmという超望遠での天体撮影では、通常の写真三脚ではなく赤道儀を用いることになります。そして本来ならばかなり大型で高精度の赤道儀に載せたいところですが、スカイメモSのような小型のポータブル赤道儀でも工夫次第で実用可能になります。オプション品の微動台座やバランスウエイト、コンパクトウエッジの使用により、極軸合わせや構図合わせがおこないやすくなります。また風の弱い日を選ぶのも撮影成功の秘訣です。
Tokina SZ 600mm PRO Reflex F8 MF CFによる月齢4の月
富士フイルムX-T4 ISO1600・シャッター速度2秒、ISO800・シャッター速度1/2秒、ISO200・シャッター速度1/4秒、ISO200・シャッター速度1/30秒の4カットからHDR処理夕空に地球照を伴った月が綺麗に見えていましたので試しに撮影してみました。この場合、月の光っている部分に露出を合わせると地球照は全く写らず、地球照がはっきり写るだけ露出をかけると月の光っている部分は露出オーバーで真っ白に飛んでしまいます。そこで段階露光をおこない、HDR処理によって望遠鏡で眺めたイメージに近づけました。月の近くにはいくつかの星も見えています。
Tokina SZシリーズ
今回私が使用した600mm以外にも、驚くほど小さな300mmのモデルと、さらなる望遠となる900mmのモデルがあります。レフレックスレンズに対する先入観を捨てて一度使ってみると、きっと新鮮な撮影体験が得られることでしょう。
自動導入装置の付いた赤道儀の例
自動導入装置が付いた、やや大きめの赤道儀の一例です。ケンコートキナー扱いの、「NEWスカイエクスプローラーSEⅡ-J」というモデルで、少々お値段は張りますが、このクラスの赤道儀だと安心して使用できることでしょう。また正確な追尾を実現するためのオートガイダーの装着も可能です。
星雲・星団の作例
おうし座の散開星団、M45・すばる
富士フイルムX-T4 ISO3200 シャッター速度1分×30カット(=総露出30分)金環日食で気を良くし、帰国後には和名「すばる」として知られるプレアデス星団を撮影してみました。すばるは歌や自動車の名前でも良く知られていますが、青い星雲がとり巻いたそれは見事な散開星団です。星雲や星団の撮影にはF8という明るさは少々物足りないのですが、露出が1分間の撮影を繰り返してトータルで30分の露出をおこない、撮影後に加算平均処理をおこなって高画質化しています。
りょうけん座の渦巻き銀河、M51
富士フイルムX-T4 ISO3200 シャッター速度3分×20カット(=総露出60分)子持ち銀河として知られる、りょうけん座のM51渦巻き銀河を撮影しました。渦巻き銀河は淡いものが多く、特に渦巻きの様子が地球の方に向いているフェイスオンの銀河は淡いため、レタッチによりコントラストを上げています。
いて座の散光星雲、干潟星雲・M8
富士フイルムX-T4 ISO3200 シャッター速度2分×20カット(=総露出40分)夏を代表する散光星雲、干潟星雲・M8は肉眼でもその存在が分かる明るい散光星雲です。しかし正中高度が低いために光害や大気の透明度の影響を受けやすく、春の夜明け前に撮影するほうが好結果を得やすいです。余談ですが、富士のカメラはこのような赤い散光星雲の写りが良いという特徴があります。