単眼鏡による「松方コレクション展」美術鑑賞術

「松方コレクション展」で観られる作品の中から今日は7作品に焦点をあてそれぞれの鑑賞ポイントについて紹介していきます。

松方幸次郎松方幸次郎 写真提供:川崎重工業株式会社

まず、松方コレクションを一代で築き上げた松方幸次郎とはどんな人物だったのでしょう。幕末に薩摩で名家の三男として呱呱の声をあげた幸次郎が、美術に興味関心を抱いたのは50歳になってからのことでした。

それまではアメリカの大学で学んだ知識を生かし川崎造船所を大企業へと導いた敏腕実業家として名を馳せていました。時代は第一次世界大戦の最中、それまで受注生産だった船舶を、あらかじめ製造しておき必要に応じて売りさばくという「ストックボート販売」の成功で巨額の富を得ました。当時世界経済の中心地だったロンドンへ渡ったのが1916年のこと。この4度目の海外出張で初めて美術品を購入したのです。「松方コレクション展」に出ているフランク・ブラングィン 《松方幸次郎の肖像》は丁度その時に描かれた一枚、そしてこのブラングィンらと共に約10年間で総数1万点にもおよぶ美術品を購入したのです。

フランク・ブラングィン《松方幸次郎の肖像》

制作年:1916年 
材質・技法:油彩、カンヴァス
所蔵先:国立西洋美術館(旧松方コレクション)
松方幸次郎

私たちが日用雑貨を買う際に必ず何らかのわけがあるように、松方がこれだけの作品を購入したのにもそれ相応の理由があります。それは日本に西洋美術の美術館を作るというまさに夢のような目的があったのです。松方自身が語るように初めは「時間潰し」からギャラリーで絵画を購入したのかもしれません。しかしそれが瞬く間に夢の美術館構想へと発展していったのには時代の勢いを感じざるを得ません。

それでは、国立西洋美術館で開催中の「松方コレクション展」の会場で実際に作品を観て行きましょう。もちろん、ケンコー・トキナーの単眼鏡「ギャラリーEYE」を携えて。

ウジェーヌ=ルイ・ジロー《裕仁殿下のル・アーヴル港到着》

制作年:1921-22年 
材質・技法:油彩、板
所蔵先:国立西洋美術館(松方コレクション)

川崎造船所の代表だけあり、「海」を描いた作品が松方のひとつの嗜好であったことは間違いありません。クールベの「波」やシニャックの「漁船」など海景を主題とする作品がコレクションに多く名を連ねています。そんな海を描いた作品の中でもこの《裕仁殿下のル・アーヴル港到着》は幸次郎自身が画家に依頼して描いてもらった珍しい一枚です。

皇太子裕仁親王が搭乗する戦艦「香取」のブリッジ周辺の「空気」の描写に注目です。戦艦からもくもくと立ちのぼる噴煙が素早いタッチで描かれています。全体図ではとても収まりのよい横長の絵画として観られますが、こうして部分を拡大してみると、当時の不安定な世界情勢を現しているかのように思えます。

クロード・モネ《睡蓮》

制作年:1916年 
材質・技法:油彩、カンヴァス
所蔵先:国立西洋美術館(松方コレクション)

印象派を代表する作家モネ。彼の作品がオークションに出るたびに何十億という高額で落札され話題となります。そんなモネの傑作を多く有しているのが松方コレクションの大きな魅力のひとつと言えます。しかもこれらの作品は松方自身がジヴェルニーのモネの邸宅を訪ね意志疎通を図った上で本人から直接購入したものなのです。つまり作品の来歴がはっきりとしている極上品なのです。松方とモネの仲良さそうなツーショット写真も残されています。

国立西洋美術館の顔ともいえるこのモネの作品は常設展示で何度か目にしたことがあるかもしれません。「松方コレクション展」では散逸してしまった他のモネ作品も展示されており、さながら何十年ぶりかに催されるいわば「同窓会」のような雰囲気に包まれています。

クロード・モネ《舟遊び》

制作年:1887年
材質・技法:油彩、カンヴァス
所蔵先:国立西洋美術館(松方コレクション)

見慣れた作品であっても隣に来る作品によって見え方ががらりと変わるものです。その変化を存分に楽しんでみて下さい。そうそう、モネ《舟遊び》の水面に映った女性の顔を単眼鏡で見るとちょっとしたホラーのようです。

リュシアン・シモン 《墓地のブルターニュの女たち》

制作年:1918年頃
材質・技法:水彩・グアッシュ、紙
所蔵先:国立西洋美術館(松方コレクション)

第一次世界大戦はそれまで人類が経験したことのないほどの多くの犠牲者を出した戦争です。今ならスマホやタブレットに時にリアルタイムで戦地の様子を動画で目にできますが、当時は写真や絵画そして文学作品などが戦争の悲惨さを伝えるメディアでした。最愛の人を戦争で失い悲嘆にくれる残された人々。

跪く女性の茫然自失とした瞳や、幼い少女の目から今にも溢れそうな涙に注目です。絵画はSNSなどの情報に比べると即時性に乏しいダメなメディアかもしれません。しかし描かれてから100年が経つ《墓地のブルターニュの女たち》が伝える戦争の悲惨さは全く色褪せることがありません。「有事にアートは必要か?」と議論になりますが、この作品一枚観ただけでその答えは自ずと出るはずです。時代は令和となりましたが、松方が伝えたかったことが我々にもダイレクトで伝わる一枚です。

今回の「松方コレクション展」では作品数が多いため、海外の美術館のように絵を2段、3段と重ねて展示してあります。この《墓地のブルターニュの女たち》は上段の高い位置に展示されているので、この絵の一番の見どころである残された女性たちの悲壮な顔を観るには単眼鏡は欠かせません。

オーギュスト・ロダン 《考える人》

制作年:1881-82年
材質・技法:ブロンズ
所蔵先:国立西洋美術館(松方コレクション)

絵画だけでなく彫刻やタピスリーなども多く松方コレクションには含まれています。これは絵画だけではなく工芸品や調度品までも広く芸術であるという「総合芸術」の概念を松方が早くから有していたからに他なりません。日本に西洋美術館を建てるという自身に課した壮大な夢を実現するために、彫刻などもすすんで買い求めました。

近代彫刻の父と称されたロダンが1917年に没した翌年に《考える人》や《カレーの市民》など38点のブロンズ制作の発注をしました。流石敏腕実業家だけあり、こうした商機は決して逃さないのです。何故ロダンの名作がゴロゴロと上野にあるのか今まで疑問にすら思わなかった人も、こうしたサイドストーリーが頭に入っていれば、膝に肘をつき難しい顔をせずにすみます。

それにしても《考える人》ってかなり無理なポーズで思索に耽っていますよね。まるでストレッチをしているようにも見えます。全体像だけでなく部分を子細に単眼鏡で眺めると、絵画の筆の跡とは違う、彫刻ならではの「手の痕跡」が発見できます。《考える人》は両足の指が一番の見どころです!

ピエール=オーギュスト・ルノワール
《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》

制作年:1872年
材質・技法:油彩、カンヴァス
所蔵先:国立西洋美術館(松方コレクション)

ピエール=オーギュスト・ルノワール《帽子の女》

制作年:1891年
材質・技法:油彩、カンヴァス
所蔵先:国立西洋美術館(松方コレクション)

印象派を代表する画家ルノワールの2点をみて行きましょう。風景よりも断然人物画を得意としたルノワールですが、制作年代によって同じ人物画でも違いが出てきます。《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》が1872年、《帽子の女》は1891年の作品です。

印象派的な描き方をしている前者に対し、後者は印象派から距離を置いた「真珠色の時代」に分類される一枚です。画面の大半を占める白色がまるで輝く真珠のようです。とくに女性の胸元から腕にかけてはその特徴がよく見て取れる注目ポイントです。

一方、《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》は全体的に落ち着いたトーンの色調です。ドラクロア《アルジェの女たち》やドミニク・アングルの《トルコ風呂》などを頭に浮かべ比較しつつ、少々難しいかもしれませんが、オリエンタリズム(東洋趣味)という視点でこの作品を捉えると鑑賞の深みがぐんと増すはずです。

単眼鏡を用いて細部を観ると、アクセサリーなど、当時のフランス人が日常では用いなかったものを、身に付け「東洋人」に仕立てているのがよく分かるはずです。今でいう、コスプレ写真のような「#レイヤー」つけてSNSにあげたくなる絵画と思えば、グンと身近に感じるはずです。

クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》(修復前)

制作年:1916年
材質・技法:油彩、カンヴァス
所蔵先:国立西洋美術館 松方幸次郎御遺族より寄贈(旧松方コレクション)

さて、最後に今回の「松方コレクション展」の目玉である《睡蓮、柳の反映》で締めくくりたいと思います。残された写真から松方がこの作品を有していたことは分かっていましたが、つい最近まで行方知れずのままでした。ところが60年間にわたってその行方がわからなかったこの睡蓮が、上半分が失われた状態で2016年にパリで発見されたのです。

クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》 1916年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館、東京(松方幸次郎御遺族より寄贈)

さまざまな資料を元に、保存修復のプロフェッショナル集団により保存修復作業を行い、この度、初披露されているのです。

展覧会の最後に展示されています。これこそ単眼鏡の威力が発揮される作品も、世界中広しといえども存在しないのではないでしょうか。痛々しい姿ですがそこに松方の夢を垣間見ることが出来るのです。

https://crowdfunding.artmuseums.go.jp/

また、デジタルで推定復元するプロジェクトの際には、独立行政法人国立美術館クラウドファンディングサイト第一弾として広く支援を集めたことでも注目されている幻の作品でもあります。

「松方コレクション展」の楽しみ方として、ひとりのアートコレクター松方幸次郎が蒐集した作品群として捉える見方が大前提としてあります。皆さんもクローゼットの中を見渡してみるとおなじような色合いやデザインの服ばかりではありませんか。それと同様に美術品の購入も知らず知らずのうちに自分の好みが反映されるものです。一方で、自身の趣味を貫いただけではなく、日本と日本人のために「共楽美術館」を麻布に建てることを念頭に幅広く作品蒐集をおこなった側面もあります。

50歳を過ぎるまで美術に対し全く興味・関心がなかった一人の男が、審美眼を養いつつ、日本に初の西洋美術館を建てることを夢見て集めた作品群を紹介する「松方コレクション展」には、他の展覧会では味わえない大きなロマンに満ち溢れています。

かつてバーニャカヴァッロに帰属《聖母子と洗礼者ヨハネ》

そうそう、《聖母子と洗礼者ヨハネ》他一部の作品は今回裏面も観られるようになっています。無数に貼られたラベル(画廊ラベル等)を一枚一枚、単眼鏡でチェックしてみましょう。そこにはこの絵が辿ってきた足跡が記されています。普段の展示では見られない部分ですので是非お見逃しなく。

今回使用したギャラリーアイは、新しいブラックタイプ。
基本仕様はアイボリータイプと一緒なので、好みのカラーをチョイス出来ます。

「国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展」

会期 2019年6月11日(火)~9月23日(月・祝)
開館時間 9:30~17:30 金・土曜日 9:30~21:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日 毎週月曜日および7月16日(火)
ただし、7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・祝)は開館
料金 当日:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円
※中学生以下は無料。
※2019年7月20日(土)~8月6日(火)は高校生無料。(学生証をご提示ください)
※心身に障害のある方および付添者1名は無料(入館の際に障害者手帳をご提示ください)。
会場 国立西洋美術館
主催 国立西洋美術館、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
サイトURL 松方コレクション展公式サイト

国立西洋美術館

住所 〒110-0007 東京都台東区上野公園7番7号
交通 JR上野駅下車(公園口)徒歩1分
常設展観覧料 一般個人500円 大学生個人250円
高校生以下および18歳未満と65歳以上の方は無料(企画展は別料金)
サイト http://www.nmwa.go.jp/
中村剛士(なかむらたけし)

<プロフィール>

中村剛士(なかむらたけし)

Takの愛称で「青い日記帳」主宰。展覧会レビューをはじめ、幅広いアート情報を毎日発信。goo「いまトピ」、JR東日本「びゅうたび」、「楽活」などにコラムを連載。『いちばんやさしい美術鑑賞』(筑摩書房)、『カフェのある美術館 素敵な時間をたのしむ』(世界文化社)、『フェルメール会議』(双葉社)、『フェルメールへの招待』(朝日新聞出版)、『美術館の手帖』(小学館)など執筆・編集。『文藝春秋』書評寄稿など、各種講演・執筆活動など、幅広く活躍中。


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