アイルランド紀行Firin20mmのルーツを巡る - 第6章
小河俊哉

小河俊哉(おがわとしや)

1969年生まれ。東京都出身。
自動車整備士、カースタントマンなどを経てフリーフォトグラファーとなる。自然、風景、クルマ写真などを専門とし雑誌、クラッシックカーイベントなどで活躍。 現在、作品集作成のため精力的に国内外で撮影中。

第6章 「ルーツ」を巡る・・・そして写真にとっての「真理」とは

焦点距離:20mm F値:8.0 シャッタースピード:1/1250 ISO:200

長かったアイルランド紀行もいよいよ最終回です。まずは、ニューグレンジにある世界遺産を回っていきましょう。

ニューグレンジは、首都ダブリンから北西へ約60キロ。ボイン川流域にあるなだらかな丘陵地帯で、約5000年前の謎多き遺跡がある地帯です。また、ニューグレンジの南西約20キロにケルト人の聖地そしてアイルランド人の心のふるさとと言われるタラの丘があります。このニューグレンジの巨大古墳は約5000年前、時代的にはなんと新石器時代以前のものとされていますが、だれが何のために作り上げたのかハッキリとしたことは分かっていません。また巨大古墳のまわりでよくみられる、巨石に刻まれた謎の渦巻き模様も何を示したものなのかハッキリとしたことが分かっていないようです。

この渦巻き模様なのですが、以前マルタ共和国とゴッゾ島ロケに行ったとき、同じように約5000年前の謎の遺跡をみました。そこにはニューグレンジと同じような渦巻き模様が使われており、なにか繋がりがあったのだろうか・・・?と考えてしまいました。しかし、アイルランドとマルタではあまりにも距離が離れているので、現代のようにインターネットもスマートフォンもない新石器時代以前では通信するのは不可能。なんとも不思議なことです。ガイドの方に質問してみたのですが、渦巻き模様はユニバーサルデザインとしてヨーロッパ各地でよくみられるそうで、マルタの渦巻き模様もその一環だろうということでした。たしかに、同じ人間ですから同じようなことを考えるのかもしれませんね。

焦点距離:20mm F値:7.1 シャッタースピード:1/1600 ISO:200

しかし・・・この渦巻き模様、約5000年前に誰かが何かを伝えようとして彫ったもの。我々人類は、約5000年前から何かを写し撮り「残そう」、「伝えよう」、「表現しよう」としていたんだなぁ・・・と、感慨深くなります。これは、アマチュア、プロフェッショナル含めて全てのフォトグラファーが行っていることと同じだな・・・とも思いました。ガイドさんのお話では、この模様はひとつひとつ手彫りで刻んでいったんだそうです。この模様を刻んだ人は、何を見て、何を考え、どうしてこの模様で現そうとしたのか?謎は深まるものの、刻み手の意思は明確に伝わってきます。ひし形だったり、渦巻きだったり、穴が空いていたり。見たものを自分の中で再構成し、彫り手がその眼で見て肌で感じた「何か」を表現しようとしている。それを5000年後のしかも東洋の端にある日本から来た僕が見ている。なんか凄いなぁ・・・と思ってしまいました。

もう一つ別の巨大古墳も見てみましょう。

焦点距離:20mm F値:8.0 シャッタースピード:1/1000 ISO:100

こちらはノウスという巨大古墳で周辺に一つの巨大古墳の周りに17個の小さな古墳があります。この巨大古墳も新石器時代以前に作られたものだといわれております。

焦点距離:20mm F値:9.0 シャッタースピード:1/8000 ISO:3200
焦点距離:20mm F値:9.0 シャッタースピード:1/2000 ISO:200

こうしていくつかの巨石に刻まれた紋様を見てみたのですが、ずいぶん彫り手によって変わるものだなぁ・・・と、おもいます。それは我々フォトグラファーも同じですね。

ちなみにこの方が今回ガイドをしてくださった方。ご自身でも古代の謎の解明にチャレンジされているようで、ヨーロッパ各国や南米にも旅に出られたことがあるとのこと。研究熱心な方です。

焦点距離:20mm F値:7.1 シャッタースピード:1/4000 ISO:200
焦点距離:20mm F値:2.0 シャッタースピード:1/8000 ISO:100

旅の終わり近く、この地を訪れたことでいくつかのキーワードが明確になりました。 先人たちは、巨石に一つ一つ手彫りで想いを込めながら我々フォトグラファーのように「記録」し、「伝え」、そして「表現」していました。そこには彫り手一人一人の個性があり、その一つ一つがまったく別のものでした。

これは我々フォトグラファーにも当てはまることなのではないだろうか?

見たものを見たままに伝えようとする撮り手もいれば、見たものを自分の中で再構築しより強く訴えかけようとする撮り手もいる。どちらが正解なのか?と問われれば「用途による」としか言いようがない。僕の場合、レンズ性能をテストする場合、自分の作品性など2の次3の次。大事なのは「冷静に中立」で、テスト結果が明確に、そして正確に分かることを1番に考えます。逆に、自分の作品を撮るという時は、「内なる爆発」を第一に考えるので見た目通りでなくたってかまわない。自分が良ければそれでいいとさえ思いながらシャッターを切っていきます。あ・・・もちろん人の迷惑になるようなことはしませんよ。発表するときもきちんと許可を得たうえでの発表です。あくまで心構えのことです。はて・・・混乱してきました。こういう時は、一旦疑問を「発酵させる」事が一番です。同じ場所で同じことばかり考えず場所を変えてみましょう。

お次はアイルランド人の心のふるさとである「タラの丘」にやってきました。

焦点距離:20mm F値:4.0 シャッタースピード:1/400 ISO:100

ケルトの聖地「タラの丘」、紀元前200年頃からアイルランドに入ったケルト人はタラという王を中心に連合国家をつくっていきます。写真にあるこの立石は「リア・ファル」といいここで即位式を行ったのではと考えられています。また近年の研究で分かったことらしいのですが、残されている遺跡の一部が約5000年前のものであったようです。また、この丘はパワースポットとしても有名らしく色々な人が訪れていました。まじないとしては、この立石を3回周り、願い事を唱えるのだそうです。僕も願い事を唱えてきました「良い写真が撮れるよう精進します!」って、これじゃ決意表明ですね。

日も暮れて良い時間になってきました。

そうそう、これは案内板なのですが、右はゲール語、左は英語で書かれていました。上から見るとタラの丘ってこんな形をしてるんですね。

焦点距離:20mm F値:5.6 シャッタースピード:1/160 ISO:100

ここで・・・フトFíRINの意味について考えます「真理(まことのことわり)」・・・写真の真理ってなんだろう?「記録」、「伝える」、「表現する」・・・ここでストンと答えが下りてきます。

「撮り手の数だけ真理はある」

遺跡の彫り手一人一人にも真理(まことのことわり)があったように、現代を生きる我々撮り手も一人一人にも真理(まことのことわり)があるはず。それは、何に重きを置くか?によって正解不正解が出てしまうこともあるだろう。しかし、こと「内なる爆発」に重きを置き、自らの中に浮かんだイメージを「真理(まことのことわり)」として置き換え、それに対し忠実に、そして閃きと衝撃、奇抜さをもって具現化するならば、またそれを「表現」というくくりに中に入れ込んで考えるならば「真理(まことのことわり)は撮り手の数だけあっていい」はず。 FíRINという名のシリーズは、そうした撮り手一人一人の真理を具現化する道具としてあり続けたい・・・命名した担当者はそう考えたのではないか?と夕陽を浴びる「リア・ファル」を撮影しながら僕はそう思いました。 そして、この答えは、僕が永遠のテーマに置いている「良い写真とは・・・」というテーマの一助となりそうだとも思いました。

さぁ、モヤモヤしたことから開放されたところで、最後にダブリンの街をスナップしていきましょう。

焦点距離:20mm F値:4.5 シャッタースピード:1/500 ISO:400

ダブリンの街はとても賑やか有名なレストランやバーが立ち並んでいます。

焦点距離:20mm F値:4.5 シャッタースピード:1/320 ISO:400
焦点距離:20mm F値:2.8 シャッタースピード:1/80 ISO:400

ストリートミュージシャンにお願いして撮影させていただきました。思い切り近寄って撮影しているので笑ってしまったようです。

焦点距離:20mm F値:5.6 シャッタースピード:1/1250 ISO:400

川沿いから街並みを撮影していると、突然かもめがファインダーに飛び込んできました。とっさにピントを合わせ撮影。面白い一枚になりました。

焦点距離:20mm F値:2.8 シャッタースピード:1/5000 ISO:400

この雲の起伏の再現やマットな感じFíRIN 20mmらしい味わいです。

焦点距離:20mm F値:4.5 シャッタースピード:1/250 ISO:1600

そして、アイルランドロケの最終日がおわっていきました。

帰国の日はアイルランドらしい曇り空が広がることに。アイルランドらしくていいかなと思いながらシャッターを切りました。

後ろ髪引かれる思いで飛行機に乗り込みます。また・・・ここに戻ってこよう。頑張って仕事して予算作らねば。

そして、飛行機での移動を終え成田空港へ到着。無事に戻ってきました。海外ロケの後はいつも虚脱感に襲われます。しかし、そんなこと言ってられません、ありがたいことにこの後も仕事が待っています。

後日談なのですが、この旅を終えたあと当の担当者とお話しする機会があり、この旅で考え至ったことをお話しいたしました。するとこんな答えが返ってきました。

「なるほど・・・そこまでは考えていませんでしたが、撮り手の真理、真実の中心であってほしいという願いを込めたことには間違いないのですが、その撮り手の真理、真実が込められた写真を観た方にも別の真理、真実が生れると僕は思うんです。そうした流れの中心にFíRINシリーズがあってほしいそうした願いも込められているんですよ。」

なるほど・・・撮り手の表現だけではなく見る側の解釈も含めての真理だったとは。命名一つでも深い意味があるなぁ・・・と、思う出来事でした。

さて、いかがでしたでしょうか?なんだか少し理屈っぽい旅行記になってしまったかなぁ・・・と思うものの、僕は、フォトグラファーにとってメンタルの部分はとても大事だと思っています。今回の旅ではそれを再確認し整理できたような気がしています。皆さんにとっての「真理(まことのことわり)」とはなんでしょうか?作品を撮っていく中で一度立ち止まって考えてみるのも良いかもしれません。ではまたお会いしましょう。