紫金山‐アトラス彗星を迎え撃とう by 中西アキオ

紫金山‐アトラス彗星を迎え撃とう by 中西アキオ
中西アキオ

中西 アキオ Akio Nakanishi

天体写真家・微弱光撮影装置のエンジニア

日本を代表する天体写真家であり、微弱光撮影装置のエンジニア
有限会社ナカニシイメージラボ代表取締役

1964年、東京オリンピックの年に、光学と印刷の町である東京都板橋区に生まれ育つ。小学校5年生の頃から宇宙に興味を抱き、中学校1年生から天体写真を始め、モノクロ写真の現像やプリントまでこなすようになる。工学部の学生時代には、3年間コマーシャルフォトグラファーのアシスタントやブライダルフォトグラファーを勤めながら天体写真以外の写真も学ぶ。



大学卒業後は約10年間のメーカー勤務の後、1999年10月に有限会社ナカニシイメージラボを設立。天体写真の撮影以外にも、大学・研究所向けの微弱光撮影装置を手掛けている。
天体撮影はデジタルカメラによる星空写真や都市星景写真はもちろんだが、星雲星団の撮影を得意とする。また、これまで小惑星を4つ発見している新天体捜索家でもある。

主な著書は、「星空撮影の教科書」(技術評論社)、「メシエ天体&NGC天体ビジュアルガイド」(共に誠文堂新光社)、「都市星景撮影術」「星景写真撮影術」(共にアストロアーツ)。「月のかがく」「太陽のかがく」「星空のかがく」(共著・共に旬報社)。「読むプラネタリウム・春夏秋冬の星空4冊組」(共著・アリス館)ほか多数。

天文ファンの間では、今年の秋にやってくる『紫金山(ツチンシャン)-アトラス彗星』が話題になっています。その理由は、日本など北半球では1997年のヘールボップ彗星以来27年ぶりの大彗星になるかもしれないと言われていたからです。
しかし彗星の明るさの予測や尾の長さの予測は大変に難しく、現代の天文学でも正確な予報はできないのです。その予測不可能なふるまいが彗星観察の面白く難しくチャレンジングなところでもあります。

そしてこの紫金山-アトラス彗星も、あまり明るくならないどころか、太陽に接近する前に崩壊してしまうかもしれないという予測も出ています。しかし「来てみないことには分からない」のが彗星、明るくなってくれることを期待して準備することにしましょう。

紫金山-アトラス彗星の概要につきましては、既にサイトがありますのでそちらをご覧ください。

紫金山-アトラス彗星について

また「彗星」という天体について基本的なことを知りたい方は、国立天文台のサイトをご覧になると良いでしょう。
彗星 | 国立天文台(NAOJ)


ここでは撮影のための具体的なお話を進めたいと思います。

彗星の見頃について

まず紫金山-アトラス彗星の見ごろについてですが、私は3つの段階に分けられると考えています。

1. 9月30日頃から10月4日頃にかけて

太陽に接近した直後のこの時期が、紫金山-アトラス彗星の一番の見ごろになると考えられます。当初、明るさは0等級~マイナス等級と予想されていました。しかしこのころは日本を含む北半球では観察条件が良くありません。夜明け前の東の空に昇ってくるのですが、高度が低く尾も寝そべった位置関係となるからです。またあまり晴天率の高い時期ではないことや、低空まですっきり晴れる日が少ないことも不利になります。そのため一部の熱心な天文ファンは南半球のオーストラリアなど観察条件が良く、晴天率の高さや暗い空を求めて遠征を計画しています。

シミュレーションは10月2日の天文薄明開始直前、オーストラリアのケアンズ付近の様子で東の方角となります。彗星は昇ったばかりで、東の空が低空まで開けていることが必要になります。なお枠は50mm標準レンズを使用した場合の写野です。

10月2日 ケアンズ郊外のシミュレーション画像10月2日 ケアンズ郊外※天文シミュレーションソフトウエア・ステラナビゲータ12(AstroArts社)を使用
2. 10月11日頃から15日頃にかけて

10月5日以降の数日間は、紫金山-アトラス彗星は見かけ上太陽に近づくために観察ができなくなります。そして11日頃からは夕方の西空に姿を現します。このとき予想される明るさは1等級台と考えられていました、この頃は日本など北半球でも条件は悪くありません。しかし、やはり低空のために条件の良い観察場所を選ばねばなりません。しかも上弦を過ぎた月明かりの影響もありますので、大気の透明度が澄んだ日を選び、出来るだけ標高の高い場所へ行くのがお勧めとなります。

シミュレーションは10月13日の夕方、日本の中部付近で西の方角となります。天文薄明終了直後の様子ですが、彗星は地平線に沈む直前となります。なお枠は50mm標準レンズを使用した場合の写野です。

10月13日 日本の中部のシミュレーション画像10月13日 日本の中部※天文シミュレーションソフトウエア・ステラナビゲータ12(AstroArts社)を使用
3. 10月20日以降

その後、紫金山‐アトラス彗星は徐々に高度を上げて見やすくなりますが、同時に明るさは暗くなってゆきます。さらには10月17日が満月ですので、この前後数日は強烈な月明かりのために彗星の淡い尾は見えにくくなるでしょう。月の影響が無くなるのは20日以降で、このときの明るさは2等級台に落ちていると考えられますが、観察しやすい高度と月の無い暗い空となるために、案外良く見えるかもしれません。

シミュレーションは10月20日の夕方、やはり日本の中部付近で西の方角、天文薄明終了直後の様子です。この頃になると彗星の高度は高くなり、天文薄明終了時には25°ほどあります。宵の明星金星や夏の天の川が華を添えてくれそうです。なお枠は24mm広角レンズを使用した場合の写野です。

10月20日 日本の中部のシミュレーション画像10月20日 日本の中部※天文シミュレーションソフトウエア・ステラナビゲータ12(AstroArts社)を使用

ここまで当初見込まれた明るさを紹介しましたが、それよりも暗い可能性が高く、もしかしたら全く見えないかもしれませんが、彗星のふるまいは予想がつきません。また実際にはいつが一番良く見えるかはその時になってみないと分かりませんから、「晴れたら必ず観察に出かけて撮影をおこなう」、という気持ちでいるのが重要だと考えています。

撮影に適した場所

そんな紫金山‐アトラス彗星ですが、ぜひとも写真に収めたいものです。紫金山-アトラス彗星の撮影方法は、「星空写真」や「星景写真」と呼ばれる、星空を写す写真と同じように考えればOKです。一番のハードルになるのが、

  • 彗星の見頃の時期に
  • 晴れた日を逃さず
  • 夜空が暗く低空まで開けたポイントへ

撮影に行くことでしょう。多くの人は仕事や学校があるでしょうから、天候に合わせて撮影に出かけるのはとても大変なことだと思います。しかし、事前に準備を整え、ぜひとも千載一遇のチャンスをものにして欲しいと思っています。

<参考文献>
星空撮影の教科書(技術評論社)表紙画像
星空撮影の教科書(技術評論社)

一般的な星空写真撮影のためのガイドブックです。本サイトでは彗星撮影のHow toには踏み込んでいませんが、星空の撮影は彗星の撮影に応用できますので、この手の書籍やウェブサイトを参考にしてみてください。

夜空の暗い場所とは?

具体的には天の川がはっきり見える、都市部から離れて光害の無い場所が良いのですが、目安になるのは人工衛星が撮影した夜の地球の画像です。この画像のできるだけ黒い部分が良いのですが、低空が開けていることも重要です。

夜の地球の画像 クリックで拡大
Light pollution mapより
https://www.lightpollutionmap.info

おすすめの撮影機材

彗星の撮影には星空の撮影と同じような機材で良いのですが、改めて紹介しますと、

高感度特性の良いカメラ
紫金山-アトラス彗星に限ったことではないのですが、彗星はそもそも淡く、一部例外をのぞけば太陽に近づいた時に明るくなりますので撮影時間がとても限られます、そのために短い露出で撮影を終えることができて画質の良い撮影機材が好適です。よってカメラ本体はフルサイズの機種など高感度特性の良いモデルがお勧めです。
明るいレンズ
同じ理由から、できるだけ明るくかつ絞り開放付近での性能が良いレンズがお勧めです。画面の隅の方まで星が点像に写り、周辺光量落ちが少なければなお可です。紫金山-アトラス彗星の尾の長さがどの程度になるかはその時まで分かりませんが、およそ10°~20°くらいの尾が出たとして、次のようなレンズが良いかと考えています。

24mm以下広角クラス

彗星の大きさは小さく写りますが、星空の中に浮かぶ彗星の姿を表現できます。地上の景色を取り込みやすく、良い前景を選べば撮影者の感性をアピールできる作品になります。

SAMYANG AF 12mmF2 製品画像
SAMYANG AF 12mmF2
APS-Cセンサー用で、換算18mmかつF2と明るいレンズ。オートフォーカス対応なので一般撮影にも使いやすく、比較的低価格なのもうれしい。
対応マウントはSONY Eマウントと富士Xマウント。
製品情報
SAMYANG 24mmF1.4 ED AS IF UMC 製品画像
SAMYANG 24mmF1.4 ED AS IF UMC
マニュアルフォーカスの一眼レフ用レンズで手ごろな価格。マウントアダプターによって各社のミラーレスカメラに装着可能。
製品情報

35mm以下広角クラス

24mmクラスのレンズより画角は狭くなりますが、彗星は大きく写るようになります。やはり地上の景色と一緒に写すのに好適ですが、10月20日頃だと縦構図となるでしょう。

SAMYANG AF 35mmF1.4 FE Ⅱ 製品画像
SAMYANG AF 35mmF1.4 FE Ⅱ
フルサイズ対応のレンズ。オートフォーカス対応のため汎用性が高く一般撮影にも使いやすい。
ソニーEマウント対応
製品情報
SAMYANG XP35mmF1.2 製品画像
SAMYANG XP35mmF1.2
SAMYANGXPシリーズは5000万画素クラスの高解像度カメラでの使用を前提とした高級バージョン。F1.2と非常に明るく、各種のマウントアダプターの使用によって各社のミラーレスカメラに装着可能
キヤノンEFマウント対応
製品情報

50mm標準クラス

彗星が低空にある場合には、地上景色と共に画面に納めやすい画角です。明るい高性能レンズが多くありますが、画面隅まで良像かつ周辺光量落ちの少ないものが好適です。またこのくらいの焦点距離になると赤道儀の使用が望ましいです。

SAMYANG AF50mmF1.4FE Ⅱ 製品画像
SAMYANG AF50mmF1.4FE Ⅱ
同シリーズの35mm同様、オートフォーカス対応のミラーレスカメラ用レンズ。一般撮影の利便性と星空撮影に適した明るさ、そして比較的安価なことが特徴です。
ソニーEマウント対応
製品情報
SAMYANG XP50mmF1.2 製品画像
SAMYANG XP50mmF1.2
同シリーズの35mmF1.2同様、マニュアルフォーカスの一眼レフカメラ用レンズ。やはり市販の各種マウントアダプターの使用によって、各社のミラーレスカメラに装着可能です。
キヤノンEFマウント対応
製品情報

75mm以上望遠クラス

中望遠レンズになると彗星は画面いっぱいに写り、迫力ある画面構成ができるようになります。しかし固定撮影では直ぐに彗星や星が流れて写りますので、赤道儀の使用を前提としましょう。

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SAMYANG AF85mmF1.4FE Ⅱ
同シリーズの35mm同様、オートフォーカス対応のミラーレスカメラ用レンズ。一般撮影の利便性と星空撮影に適した明るさ、そして比較的安価なことが特徴です。
ソニーEマウント対応
製品情報
af75mmf18x.jpg
SAMYANG AF 75mmF1.8 X
APS-Cサイズ用のオートフォーカス対応レンズ。換算112.5mmとなるため、彗星の迫力が増してきます。APS-Cサイズのカメラはフルサイズのカメラに対し高感度特性はやや弱いですが、望遠撮影では利点があります。
富士フイルムXマウント対応
製品情報
SAMYANG 135mmF2.0 ED UMC 製品画像
SAMYANG 135mmF2.0 ED UMC
APS-Cサイズ用のオートフォーカス対応レンズ。換算112.5mmとなるため、彗星の迫力が増してきます。APS-Cサイズのカメラはフルサイズのカメラに対し高感度特性はやや弱いですが、望遠撮影では利点があります。
富士フイルムXマウント対応
製品情報

もちろんこれら以外の焦点距離で撮影しても良いでしょう。フィッシュアイレンズや超広角レンズでより広い星空と共に写すのも良いし、より焦点距離の長い望遠レンズや天体望遠鏡を用いて彗星の核付近をアップで狙うのも良いと思います。

あると良い撮影グッズ

ポータブル赤道儀

中望遠レンズになると彗星は画面いっぱいに写り、迫力ある画面構成ができるようになります。しかし固定撮影では直ぐに彗星や星が流れて写りますので、赤道儀の使用を前提としましょう。

スカイメモS/SW 製品画像
スカイメモS/SW
固定撮影で露出時間を伸ばすと、星像が日周運動によって伸びて写ってしまいます。焦点距離が長くなるとその傾向が顕著となり、短い露出時間でも星が伸びて写るようになります。そこで出番がポータブル赤道儀。天体を追尾してくれるため長い露出をおこなっても大丈夫。より高画質な彗星写真を得ることができます。
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各種フィルター

フィルター 製品画像
プロソフトンA、プロソフトンクリア、リアプロソフトンなどソフトフィルター
輝星を滲ませ、星の明るさの序列や色を分かりやすくする各種のソフトフィルターは、彗星の撮影にも応用できます。ノーフィルターで彗星を強調しても良いですが、ソフトフィルターを用いて雰囲気のある作品を狙うのも良いでしょう。
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スターリーナイト 製品画像
スターリーナイト
光害、特に高圧ナトリウム灯による色かぶりや、遠方にある都市の光害の補正に効果がある光害カットフィルターです。紫金山-アトラス彗星は低空で撮影しなければならないケースが想定され、光害の影響を受けやすくなりますのでそんな時には出番です。
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スターリーナイトプロソフトン 製品画像
スターリーナイトプロソフトン
スターリーナイトとプロソフトンクリアの組み合わせを1枚のフィルターで実現しています。フィルターを重ねて使う手間や四隅が蹴られる心配を回避することができます。
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ナイトフォーカス 製品画像
ナイトフォーカス
彗星や星空は一般撮影に比べてとても暗く、マニュアルフォーカスでの撮影が基本となります。オートフォーカスで撮影できる一般撮影と違い、星空の撮影ではどうしてもピント合わせが鬼門となるのです。このピント合わせの支援ツールとなるのがナイトフォーカスです。
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あると良い観察グッズ

紫金山-アトラス彗星の撮影にぜひ用意したいのが小型の双眼鏡です。肉眼で眺めるよりもはっきりと彗星の姿を観察することができるのはもちろんですが、低空の彗星を見つけにくかったりする時や、薄明や月明かりで背景が明るい時でも観察しやすくなります。

ultraVIEW 6×30 WP 製品画像
ultraVIEW 6×30 WP
口径30mm、倍率6倍と小型の双眼鏡ですが、低倍率で軽量なために手持ちでも扱いやすいのが特長です。さらには防水型ですから夜露に濡れやすい天体観察でも安心して使えます。
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ウルトラビューEX OP 8×42 DH III 製品画像
ウルトラビューEX OP 8×42 DH III
ダハプリズム式により持ちやすいスマートな外観を実現し、天体だけでなく幅広い用途で活躍してくれることでしょう。 ペッツパール方式の光学系や高透過のマルチコーティングを採用した高解像度で明るい視野が特長。
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過去の彗星ギャラリー

ヘールボップ彗星(1997年4月)

前回、日本を含む北半球で見られた大彗星です。最盛期には尾の長さは30°以上写り、0等級以上の明るさで都会でもその核の部分は見ることができました。この写真は85mm中望遠レンズで撮影していますが、青い色をしたイオンの尾は画面をはみ出しています。またこの頃はまだフイルムカメラを使用して撮影しています。

ヘールボップ彗星(1997年4月) クリックで拡大

パンスターズ彗星(2013年3月)

明るさは2等級とそこそこ明るくなりましたが、いかんせん太陽に近く、夕方暗くなりきる前に太陽を追って沈んでゆきました。口径106mm焦点距離が530mmの天体望遠鏡(写真レンズ風に表記すると、530mmF5という望遠レンズになります)を、赤道儀に載せて追尾撮影しています。

パンスターズ彗星(2013年3月) クリックで拡大

ネオワイズ彗星・望遠レンズ(2020年7月)

大彗星とまではいきませんでしたが、約1等級の明るさと5°ほどの尾を見ることができました。この写真は300mm望遠レンズと赤道儀を用いて撮影しているためにとても立派に写っています。逆に言えば、彗星が小さくとも長い焦点距離で撮影すれば見栄えがするということです。

ネオワイズ彗星・望遠レンズ(2020年7月) クリックで拡大

ネオワイズ彗星・広角レンズ(2020年7月)

まだ夕方の薄明が残っている時刻に、35mm広角レンズで地上の景色と共に写しています。彗星は小さく写っていますが、このような写真は肉眼で眺めた印象に近くこれはこれで良いものです。こうした写真は星空の撮影と同じように、カメラと明るい広角レンズ、三脚があれば写すことができます。

ネオワイズ彗星・広角レンズ(2020年7月) クリックで拡大
撮影ツアーのお誘い

最後に少々手前味噌になりますが、私が星空撮影の講師を務める「インド国立天文台の訪問とラダックの星空や文化を訪ねる旅」をご紹介します。
このツアーではインド北部の標高3500m ~ 5300m もある山岳地帯に出かけ、チベット仏教の聖地であるラダックの文化や自然に触れたり、インド国立天文台を訪れるというまたとないツアーです。 そして日程が北半球で紫金山∸アトラス彗星の観察条件が良くなるタイミングに合わせてあります。たとえ彗星が明るくならなくとも充分楽しめる内容となっていますので、ぜひご一緒しましょう!

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