リアプロソフトン レビュー


星空撮影の必需品
肉眼で見上げる満天の星空は実にすばらしく、さまざまな明るさの星々が星座を形づくり、星空に彩りを与えてくれます。しかし、それをデジタルカメラで再現しようとすると大きな問題にぶつかってしまいます。デジタルカメラで撮った星空は、星の大きさが均一になってしまい、多彩な星の明るさの違いが分からなくなってしまうのです。それを補正してくれるのがたった一枚のソフトフィルターです。にじんだ星は輝星を引き立たせ、星の輝度差を明確にします。星空撮影において、ソフトフィルターは必需品といえるでしょう。そして、広角レンズを使用する際に必須なのがレンズ後部に装着するシート状のソフトフィルターです。ケンコー 「リア プロソフトン」は、現在(2024年8月)入手出来る唯一無二の存在といえます。

デジタルカメラの問題点
デジタルカメラで星を写すと星がとても小さく写ります。明るい星も暗い星も皆同じように小さく写り、肉眼で見る星空との違いの大きさに困惑させられます。星の明るさは、1等級の違いが、明るさの差2.5倍に相当します。暗い夜空で星を見た場合、肉眼で見える最も暗い星は6等星です。1等星と6等星の明るさの違いは100倍に相当します。夜空に見える星はさまざまな明るさがあり、明るい星は目立ち、目立った星を結んで星座が形づくられてきました。デジタルカメラで撮影した星空は、本当 に星座の形がよく分かりません。
フィルム時代、35ミリ版で撮影した星座は明るい星が大きく写り、星の輝度差が肉眼で見たイメージに近く、星座の形が分かりやすい写真が得られました。これはフィルムの乳剤層で生じる*イラジュレーションと呼ばれる光の拡散現象に起因するといわれています。しかし、6X7などの中判カメラや4X5インチなどの大きなフィルムフォーマットで撮影した際は星の明るさ の差が分かりにくくなっていきました。これは、像倍率に対してイラジュレーションの影響が相対的に小さくなってしまうただと考えられます。その問題を解決するための手段として用いられた方法が、ソフトフィルターの活用でした。
*イラジュレーション:フィルムに塗布された乳剤の粒子によって、光源のまわりがにじむ現象。

拡散系のフィルターによる解決法
フィルムカメラからデジタルカメラに移行し、固体撮像素子の高い性能によって、短時間で目で見た星空の景色が表現出来ることが分かってきたのが2000年以降だと記憶しています。それまで星空の写真、つまり目で見た星空風景をそのまま写し撮る分野は、明るいレンズを使っても5~10分ほどの露出時間が必要だったりと、かなりハードルの高いものでした。それが、デジタルカメラの高性能化に伴って非常に短い露出時間で撮影が可能になり、一般写真における「風景写真」の延長上に位置付けられるようになってゆきました。「星空風景写真」が多くの人達に受け入れられるようになり、一般化していったのです。
私は2003年から「デジタルカメラ専科」という写真雑誌で「星空の散歩道」というページを担当し始め、連載開始の直後に、上記の「星空の星の明るさが均一になってしまう問題」に遭遇しました。同様の現象は中判フィルムカメラでも経験していたので、その解決法が「ソフトフィルター」の活用であることは容易に想像できました。そこで、当時容易に入手可能だったいくつかのソフトフィルターでテストを行いました。その結果は同誌の2004年12月発売の号(2005年1月号)で発表し、同様の 記事は、月刊天文ガイドの連載記事「一眼レフデジタルカメラと出かけよう」2006年3月号でも発表しています。記事内では、最も良好なフィルターとしてケンコー プロソフトンAの名前をあげたのですが、同フィルターはその後、星空風景撮影の定番的な存在となってゆきました。
プロソフトンAは、明るい星の拡散の度合いがちょうど良く、目で見た星空の星の明るさのコントラストに近い表現をしてくれました。それによって星々の存在感を大いに引き立て、星空を主題にした撮影が容易になったともいえるでしょう。さらに、デジタルカメラに特有の、星の周りに紫色の縁取りが生じる現象(パープルフリンジ)や、周辺の星像が羽が生えたような形に変形する「サジタルコマフレア」といった収差を緩和する効果も期待できました。
やがて、カメラレンズがの性能が大きく向上し、星空風景写真により繊細な表現を求める人達が増えてゆきました。プロソフトンAよりも拡散の度合いを緩和し、星々のシャープさを保ちながら、明るさのコントラストが表現できるフィルターとして、後にケンコーが星空撮影を強く意識して発売したのが「プロソフトン・クリア」でした。これらのフィルターはレンズ前面にネジ込んで使用するガラスフィルターであり、前玉が大きく飛び出した超広角レンズや魚眼レンズへの装着は不可能ではありましたが、星空風景の分野の発展に大きな貢献を果たしたのは事実です。
フロントフィルターがもたらす問題
星空撮影、特に魚眼レンズ、超広角レンズ、広角レンズによる撮影において、ソフトフィルターの使用はMustと言っても良いでしょう。ただし、魚眼、超広角系のレンズは前玉が大きく突出しているものがほとんどで、ガラスのねじ込みフィルターを使用することはできません。それでも、広角側が16mm程度でF2.8の大口径広角ズームレンズでは、前面にフィルターを装着できるものがあり、ソフトフィルターの効果は、超広角レンズによるダイナミックな星空風景を、印象深く演出するのに役立 ちました。
そんな、盤石とも感じられた撮影法に問題が見つかったのは2015年頃だったと記憶しています。それは、「広角レンズのフロントにソフトフィルターを使用した場合、周辺の星が放射状に伸びる」という現象でした。この問題は時間を経て次第に広まってゆき、私は、シグマのプロサポートと協議して、この現象がどのような条件で発生するかを検証しました。
この現象はレンズの前面にソフトフィルターを配したときに発生します。しかも、フィルターはガラスフィルターでも、薄いシートフィルターでも拡散系の働きを持つフィルターならどんなフィルターも同様に問題が発生しました。周辺星像の変形が認められるのは焦点距離40mmよりも短い焦点距離のレンズで、焦点が短くなればなるほど星像の伸びは顕著になります。逆に50mm標準レンズよりも焦点の長いレンズでは、この現象は発生しません。
解決策は、レンズの後部にシート状フィルターを配することです。現在、大口径超広角レンズは、後部にフィルタースロットが装備されたものが多く、そのような機構が装備されていなくても、適当な大きさのシートフィルターを両面テープなどでレンズ後部に装着することで、この問題は回避することができます。また、カメラのセンサーの前部に組み込む「クリップオンタイプ」のソフトフィルターなどもありますが、これらのフィルターは周辺星像を少し悪化させてしまうという現象が確認されてい ます。

リア プロソフトン
シート状のソフトフィルターは、以前はLEE社一択だったのですが。2022年に製造を終了し、世界中の星空風景写真ファンは、新しいシート状ソフトフィルターを待ち望んでいました。そして2024年2月のCP+で、ケンコーは満を持して星空の撮影に特化したシート状ソフトフィルター「リア プロソフトン」を発表し、同年6月から、販売が開始されました。
このフィルターは大きさ60mm x 57mm(加工面は54mm x 52mm)で、ポリエステルベースの表面に、プロソフトンフィルターと同様のパターンが加工されています。そして、ソフト効果の異なる3種類のフィルターが同梱されています。
No.050 は、最もソフト効果が少なく、現行のプロソフトンクリアに近く設計されています。
No.100 は、プロソフトンAに近いソフト効果です。
No.150 は、さらにソフト効果が大きく、プロソフトンBに近い印象でしょう。




フィルター効果の違い フィルター無しの画像とNO.050 100 150 のそれぞれのフィルターを使用した際の表現の違いです。フィルター無しでは、星座の形がよく分かりません。ソフト効果が強くなるほど星の存在感は増しますが、地上風景のボケも大きくなり、また、暗い星が消えてしまいます。
共通データ
カメラ:α1 レンズ:シグマ14mm F1.4 DG DN Art 絞りF1.4 ISO1000 露出25秒 追尾撮影
フィルター厚は0.18mmで、シートフィルターではかなり厚い部類に入ります。フィルタースロット付のレンズに装着する場合、かなりきつく感じることがありますが、テストしたシグマ、ソニーの大口径超広角レンズ、魚眼レンズでは、フィルターが入らないといった問題はありませんでした。フィルター厚が厚い場合、星像に与える影響が懸念されましたが、特に大きな問題は発生していません。
ピントを合わせる際は、レンズによっては、画角中央と周辺では、星像が最小になる位置が微妙に異なる場合や、周辺のコマフレアの形や大きさがほんの少しのピント位置の違いで変化するのが分かります。ピントはレンズ中央で合わせるのが良いか、周辺なのか、あるいは中心と周辺の中間程度が良いのかは、経験の中で最良のポイントを習得してください。
使用する際は、目的に応じてフィルターをカットして使用するわけですが、フィルタースロットに使用するサイズは、シグマ、ソニーE マウント共に30mm x 33mmでした。このサイズは、リア プロソフトンのサイズからギリギリ2枚取れることになります。ただし、リア プロソフトンの周辺は、幅約2.5ミリにわたって、ソフト効果が施されていないため注意が必要です。

フィルターのサイズとカットレイアウトの一例
シグマ、ソニーE マウントレンズの後部フィルタースロットへの使用サイズは30mm x 33mm なので、ぎりぎり2 枚を切り出すことができます(切り出したあとに、必要な形にカットします)。フィルターの周囲には、ソフト効果が施されていない部分(水色の部分)があります。今までの撮影では、このようなレイアウトで切り抜いたフィルターを使用しての問題(画像の一部に効果が反映されていないとか)は認められていません。
今はっきり言えることは、星空風景写真を撮る人のほぼすべてが、このリア プロソフトンに依存することになるでしょう。ソフト効果は3種類とも良好な選択で、ユーザーのさまざまなニーズに答えることができると想像されます。これから、本フィルターを使ったさまざまな傑作が生み出されていくことを考えるとき、このフィルターに託された使命の大きさは並大抵のものではないでしょう。それゆえ、今後のバージョンアップへの期待が膨らみます。たとえば、フィルターサイズを最低でもさらに縦横10mmは増やして欲しいとか、フィルターの厚さを0.1mm 程度に抑えて欲しいなどです。技術的な問題なども多いと聞きますが、是非とも正常進化を遂げて星空風景撮影への夢を広げ続けてほしいと願っています。
リア プロソフトン 作例
静かな星空と強いソフト効果
水田に水が張られたタイミングですが、左にベガの輝きが目立つものの、星空全体としておとなしいため、ソフト効果の最も強いNO.150を使用して星々を強調してみました。

カメラ:α1 レンズ:シグマ14mm F1.4 DG DN Art 絞りF1.4 ISO1000 露出30秒 追尾撮影
昇る秋の天の川
夏の大三角が高く昇り、北東の空に秋の天の川が昇ってきたところを撮影したものです。秋の天の川は夏の天の川に比べて暗いものの、銀の砂を散りばめたような美しさがあります。その様子を強調するために、NO.100 のフィルターを選択しました。

カメラ:α1 レンズ:シグマ14mm F1.4 DG DN Art 絞りF1.4 ISO1000 露出30秒 追尾撮影
星空の下で
美しい星空の下でキャンプする様子を遠景で撮影したものです。夏の天の川が昇り始めているもののまだ淡く目立ちません。このような状況で、星空を主題に据えつつも、地上の情景を伝えるために、NO.100 のフィルターを選択し、感度を高めに設定して露出時間を切り詰めました。

カメラ:α1 レンズ:シグマ14mm F1.4 DG DN Art 絞りF1.4 ISO1600 露出15秒 追尾撮影

沼澤 茂美 Shigemi Numazawa天体写真家・天文イラストレーター
天文宇宙関係のイラスト、天体写真の仕事を中心に、内外の天文雑誌、書籍の執筆、NHK 天文宇宙関連番組の制作・監修、プラネタリウム番組の制作などを手掛ける。パラマウント映画「スタートレックDeep Space9」の特撮映像素材、ポスター制作を担当した。
辺境の地への海外取材も多く、最近では2012年「モニュメントバレーでの金環日食の撮影」(NHK)、2013年末にNHK スペシャル「アイソン彗星」 の取材で20 日間アメリカ・カリフォルニアの砂漠地帯で天体撮影、2016 年「インドネシア皆既日食取材」(NHK)、2017年「 アメリカ皆既日食取材」(NHK) がある。代表的な NHK取材として2003 年「南極での皆既日食撮影」などがある。
2010年以降、ナショナルジオグラフィックツアーの依頼で「イースター島皆既日食」や「西オーストラリアバーヌルル国立公園」などのツアーに同行、2011 年には単身アメリカのカリフォルニア北部の「モノ湖周辺」で撮影取材を行う。また、世界最大規模の星の祭典「胎内星まつり」の企画運営、神林村立(現村上市)天体観測施設「ポーラースター神林」・黒川村立(現胎内市)胎内自然天文館の建設監修を行なっている。
2011年、新潟市国際コンベンションセンター「朱鷺メッセ」で開催された「にいがた宇宙フェスタ」企画制作を担当する。ライフワークとして赤外写真、モノクロファインプリントの表現を追求している。2004年環境大臣賞受賞。著書多数。